御朱印ガールをアップデートせよ!神社仏閣の次は陵墓だ!

平成30年10月15日に宮内庁と堺市は、同市堺区にある日本最大の前方後円墳「大山(だいせん)古墳」(仁徳天皇陵)について、共同で発掘すると発表した。

宮内庁によりかたくなに守られてきた歴代天皇の陵墓を外部機関と共同で発掘するのは初めてとのことで、地元では世界遺産登録に向けて期待が高まっているとのこと。

大阪観光局サイトより

エジプトのクフ王のピラミッド、秦の始皇帝陵とともに世界三大墳墓の一つに数えられます。三大墳墓の大きさを比べると、仁徳天皇陵古墳の巨大さが目立つ。(堺市HP)

聖域とみるか、文化財とみるか

宮内庁が天皇家の墓(古墳)に対して、学術的な発掘作業を拒んでいると考古学者らは言うのかもしれないが、エジプト王家の墓の発掘と天皇家の墓とではちょっと事情が異なると思っている。なぜなら、天皇家は今も子孫が存続しているため、おいそれと気軽に発掘作業などできるものではないのだろう。先祖の墓を荒らされるのをその子孫が黙ってみているわけにはいかない。

天皇陵予備知識

どのくらいの数があるのだろう?

宮内庁が管理している天皇陵は初代神武天皇から存在しており、124基が存在している。つまり昭和天皇までの歴代天皇陛下のすべてが管理されていることになる。

これに皇后陛下をはじめ皇室関連の方々および、古墳も含めると859基も存在するという。このせまい日本の国土にそれだけの数があるとはなかなか想像ができなかった。

土葬・火葬

古代は土葬が普通であったが41代目持統天皇が最初に火葬されてからは火葬も併用されている。この頃に仏教が日本に広まったことが影響している。

しかし、江戸時代初期の110代目「後光明(ごこうみょう)天皇」が神道崇拝者だったことで土葬に戻り、昭和天皇まで土葬が続いている。

神式・仏式

長らく神道式で祭られてきた天皇陵であるが、時代とともに仏教が広まり、天皇の墓も仏式となっていた時期も存在する。京都の泉涌寺や常照皇寺に祭られた天皇たちで墓の形状が九重塔となる。

左が九重塔で右が最近の神式で用いられる上円下方墳

江戸後期に倒幕・尊王攘夷思想傾いてきたことにより、121代「孝明天皇」から九重塔ではなく古代の神道に形式に戻り、続く明治天皇、大正天皇、昭和天皇とすべて神式となっている。

どこにあるの?

古代の天皇陵は大阪府の河内地方と奈良県に集中している。平安遷都以降は京都の地に天皇陵が築かれている。

都内にもある天皇陵「武蔵陵(むさしりょう)」

JR高尾駅から徒歩15分ほどの場所に武蔵陵墓地がある。ここには「明治天皇・皇后」「昭和天皇・皇后」の4基の墓がある。私は2013年から毎年1度は参拝するようにしている。

電線やビルが視界に入らず、人も少なく静かに参拝できる。

大正天皇(多摩陵たまのみささぎ)

晴天と緑に囲まれ神々しき姿

昭和天皇(武蔵野陵むさしののみささぎ)

すべての陵墓の前には鳥居があるので一礼して近付こう。

高尾駅からの道順(宮内庁HPより)

朱印帳をアップデート!御陵印を押印しよう

昨今では神社仏閣で御朱印を集めるのが流行しているが、陵墓には「御陵印」なるものが存在している。印の数は全部で91個だ。各陵墓の事務所に置いてある。神社仏閣の朱印を集めきったのなら御陵印を集めてはいかがだろうか。

今上陛下ご自身の陵墓へのお考え

今上陛下の御陵については天皇皇后両陛下のお気持ちとしてすでに宮内庁から公式文書が発表されている。簡素に箇条書きで以下に記す。今上陛下のお人柄が伝わってくる内容となっている。

  • 従来の御陵よりも大きさを縮小させる
  • 今上陛下は皇后と合葬のお考えもあったようだが、皇后が畏れ多い事と述べられ、別々に御陵を築く
  • 簡素化のために土葬ではなく火葬が望ましいというご意向
  • 葬儀の儀式で国民が利用している場所を長期占有したり、多くの樹木を伐採することがないように

宮内庁HP:今後の御陵及び御喪儀のあり方について

歴代天皇のものではないのに宮内庁管理下にある箸墓古墳は誰の墓?

箸墓=「卑弥呼」説がある。これは歴史ロマンを感じる説だ。

ここは宮内庁管理下にあり立ち入ることはできない。

陵墓から古墳まで範囲を広げると専門的過ぎてまだよくわからない。

今度の旅行は奈良へ陵墓と古墳巡りでもよいかもしれないなと思っている。

おススメコースを考えておく。

ー 裏万家 満室 ー